近年、日本各地で焼肉チェーン店の閉店が相次いでいる。かつては「不況にも強い業態」と言われ、ファミリー層からビジネスマン、学生グループまで幅広い層に支持されてきた焼肉店だが、ここ数年の環境変化の中でその勢いは陰りを見せている。特にチェーン展開してきた大手・中堅ブランドの閉店ニュースは業界関係者のみならず消費者にも少なからず衝撃を与えている。本稿では、その背景にある理由を多角的に整理するとともに、経営者と現場の視点の相違を浮き彫りにし、今後の焼肉業界が直面する課題を考えてみたい。
1. 焼肉チェーン閉鎖が増えている背景
(1) 原材料価格の高騰
焼肉業態にとって最大のコストは「肉」である。特に日本国内では和牛人気が根強く、また外国産牛肉に依存してきた側面もあるが、為替の円安基調により輸入コストが大幅に上昇。さらに世界的な需要増、中国をはじめとした新興国での購買力上昇によって、米国・オーストラリア産の牛肉価格も上がっている。その結果、かつてのように「安くてボリューム満点」を売りにすることが難しくなっている。
(2) 人件費と人材不足
飲食業界全体の課題だが、焼肉チェーンでも深刻化している。特に焼肉は調理や接客のオペレーションが複雑で、肉のカットや盛り付けなど一定の技術が求められる。アルバイトが多い現場では教育コストが膨らみ、加えて最低賃金の上昇や人材獲得競争の激化により、人件費が利益を圧迫している。
(3) コロナ禍の影響と消費者の変化
コロナ禍により「大人数で焼肉を囲む」という従来のスタイルが制限され、ファミリーや個食対応への転換を迫られた。テイクアウトやデリバリーにも挑戦した店舗は多いが、焼肉は「店舗で焼きながら食べる体験」に価値があるため、寿司やピザのように宅配向きではなかった。結果として売上は大幅に落ち込み、固定費を維持できない店舗は閉鎖を余儀なくされた。
(4) 新規参入と競争の激化
ここ10年ほど、焼肉業態は「高級志向」「食べ放題」「ひとり焼肉」「無煙ロースター導入店」など多様な業態が乱立した。特に都市部では競合過多となり、差別化が難しくなっている。チェーン店はスケールメリットで優位に立つはずだったが、逆に「画一的な味・雰囲気」とみなされ、個人経営のこだわり店や新興ブランドに押されるケースも増えている。
(5) 不動産コストの上昇
都市部では地価や賃料が上昇傾向にある。焼肉店は広い客席と換気設備を必要とするため、固定費の負担が重い。売上が伸び悩む中で高い賃料を維持することは難しく、撤退が相次いでいる。
2. 経営者と現場の相違点
焼肉チェーンが閉鎖に至る背景を語る上で重要なのは、経営者と現場スタッフの認識のずれである。以下に典型的な相違点を整理する。
(1) 売上 vs 顧客体験
- 経営者の視点:売上高や客単価、回転率を重視し、数字で店舗を評価する。短期的な利益改善を求め、コストカットや人員削減を進める。
- 現場の視点:お客様との接点や雰囲気作りを重視し、「少しの手間がサービスの質を左右する」と考える。数字よりも体感的な「顧客満足度」に敏感。
→結果、経営者が「効率化のために人員を減らす」と判断しても、現場では「お客様対応が雑になる」「常連が離れる」と不満が高まる。
(2) メニュー戦略の違い
- 経営者:原価率の高い部位を減らし、コスト管理を徹底。流行のタレやサイドメニューで付加価値をつけ、利益確保を狙う。
- 現場:「お客様が求めているのは定番のカルビやロース。削りすぎれば満足度が下がる」と感じる。また、実際に調理・提供する立場から「オペレーションの煩雑化」に悩む。
(3) ブランドイメージの認識
- 経営者:広告やキャンペーンで「安さ・手軽さ」を打ち出す。
- 現場:「安売りばかりでは現場が疲弊するし、客層も荒れる」と実感。特に食べ放題戦略はスタッフの労力増加とサービス低下につながると懸念。
(4) 人材マネジメント
- 経営者:人件費は「コスト」として管理。採用が難しければ店舗統廃合もやむなしと考える。
- 現場:人は「戦力」であり、教育と定着が最重要。人手不足の中での無理な営業は疲弊と離職を招き、さらに状況を悪化させると訴える。
(5) 危機感の温度差
- 経営者:全社的な数字を見て「もう持たない」と撤退を決断。
- 現場:常連客や日々の営業の手応えを肌で感じており、「まだ工夫すれば戦える」と思うことが多い。
この「まだやれる」と「もう限界」の差が、現場と本部の摩擦を生み、閉店のスピード感を加速させる。
3. 焼肉業態特有の難しさ
焼肉チェーンが特に苦しむ理由には、業態特有の特徴もある。
- 煙・匂い・換気設備:専門的な設備投資が必要で、開業・維持コストが高い。
- 衛生管理の難しさ:生肉提供(ユッケ問題以降厳格化)、食中毒リスク。
- 食べ放題需要の二面性:集客効果は大きいが、利益率が低く現場負担は大きい。
- 調理の属人性:肉のカット技術や盛り付けが味を左右し、アルバイト依存では品質安定が難しい。
- 食文化の変化:健康志向の高まりで「肉より野菜・魚」「高タンパク・低脂肪」が求められ、従来型の焼肉消費が縮小。
4. 閉鎖が示す構造的課題
焼肉チェーンの閉鎖は一時的な現象ではなく、業界の構造的課題を映している。
- スケールメリットの限界:かつては大量仕入れ・全国展開で優位に立ったが、消費者は画一的な味より「こだわり」や「地域性」を重視するようになった。
- 現場軽視のリスク:本部が数字だけを見て判断し、現場の声を吸い上げられない場合、ブランド全体の信頼が失われる。
- 体験価値の希薄化:焼肉は「誰と食べるか」という体験が重要。マニュアル化や効率化で温かみを失うと、他の業態との差別化が消える。
5. 今後の方向性と生き残りの鍵
焼肉業態が生き残るためには、以下のような方向性が重要になる。
- 個食・小規模対応:ひとり焼肉や少人数ブースなど、多様な利用シーンに対応。
- 高付加価値化:産地直送・熟成肉・希少部位など「こだわり」を前面に出す。
- テクノロジー活用:セルフオーダー、配膳ロボットで現場負担を軽減。
- 現場主導の改善:店舗ごとの顧客層に応じた裁量を認め、柔軟なサービス提供を可能にする。
- 地域密着戦略:地元ブランド牛や地産野菜を組み合わせ、単なるチェーンから「地域に根ざした店」へ転換。
まとめ
焼肉チェーン店の閉鎖が続く理由は、原価高騰・人材不足・消費行動の変化・競争激化といった外部要因に加え、経営者と現場の意識の乖離という内部要因が大きい。経営者は数字で全体を見て合理化を急ぐが、現場は日々の顧客接点を通じて「まだ可能性がある」と感じる。この温度差が適切に埋められない限り、閉鎖の流れは止まらないだろう。
しかし同時に、焼肉は日本の食文化に深く根付いた人気業態でもある。今後は「効率」ではなく「体験価値」「地域性」「現場力」を軸に再構築することが、チェーン店が生き残る唯一の道といえるだろう。