私たち人間にとって「食べること」は生命維持において必要不可欠であり、成長や生命維持に必要な栄養を“食物”から摂取します。その際、その食物を体内へ送り込むべきか否かを選別する方法として、われわれは様々な特殊感覚を用います。
1、食べ物の色や形を眼で確認、
2、鼻でにおいを嗅ぎ、食物に異常がないかを調べます。
3、口腔内で味を感じて、その後の嚥下に続く消化行動に移すべきかどうかを判断します。
つまり、味覚というのは、「食物の安全性を評価する重要な生体センサー」なのです。
- 『味覚』の仕組み
- 『甘味』が多くの人に好まれる理由
- 「おいしい/おいしくない」はどうやって決まる?
- 味覚と健康はつながっている、さらに文化的な側面も
- もし味覚に異変を感じたら・・・
- 味覚について意識することは、健康にもつながる
『味覚』の仕組み
和英辞典で味覚を引いてみると、「gustation」がでてきます。
さらに「taste sense」も出てきます。
この二つは同じ意味にみえますが、両者は実は異なる意味を持っています。
前者は、口の中、特に舌に分布する乳頭の中に存在する味蕾に受容体があるもの、後者は味蕾以外の口腔内の化学物質に対する感覚も含みます。
皆さんは「辛味は味覚ではない」という話を聞いたことがあるかもしれません。
これはgustationではない、という意味で言われています。
まず、味覚は塩味、甘味、酸味、苦味、うま味という5つの「基本味」を感じます。
ここで言ううま味は、うま味調味料に感じる味であり、おいしい、という意味ではありません。
基本味は、明確に私たちが「味」として区別できる味質です。
それぞれ、ショ糖、塩化ナトリウム、キニーネ、酢、グルタミン酸が各基本味を生じさせる代表的な味物質であり、味蕾の先には複数の味覚受容体が存在しています。
一つひとつの受容体は、私たちが経験する味質に対応しています。
舌の場所によって感じる味が違うという説は有名で、今もかなり多くの人が信じているのではないでしょうか。いわゆる「味地図」です。
しかし、舌をはじめとして口腔内に広く分布する乳頭の味蕾の一つひとつに、基本五味の受容体があることがわかっています。
実際には舌の奥でも、舌先でもどこでも、五味を感じることができるのです。
『甘味』が多くの人に好まれる理由
甘味は糖分ですから、エネルギーの信号になります。
甘味の受容体で受容される化学物質は糖の他にもあります。
砂糖を甘く感じるだけでなく、糖分の含まれない人工甘味料も甘く感じるのはそのためです。
うま味を感じさせる物質は、昆布や野菜に含まれるグルタミン酸、鰹節や肉に含まれるイノシン酸が有名です。
グルタミン酸にイノシン酸やグアニル酸などの核酸を少し添加すると、非常に強いうま味を感じます。これをうま味の相乗効果といいます。
多くの文化圏で出汁を野菜と肉の両者を合わせてとるので、人類は経験的にこの相乗効果を知っていたのかもしれません。
甘味とうま味はさまざまな動物にとって、生まれつき好ましく感じられます。人間の赤ちゃんも甘いものが好きなようです。
一方、酸味、苦味は、生得的には好まれない味で、基本的には毒や腐敗の信号ではないかと考えられています。特に、苦味は小さいお子さんには好まれません。
魚のわたやコーヒーなどの苦いものもが好物だ、という方もたくさんいます。ただ、苦味を含んだ食品が、うま味などの他の味を含んでいるので、おいしいと感じるようになるのでしょう。
また、苦いものを食べられると大人になったような気分になるので、そうした文化的なハードルのような側面もあると言われています。
苦みの受容体は、25種類もあるそうです。毒のシグナルをさまざまな物質からとらえるためかもしれません。
苦味については、ある種の苦味に対して非常に敏感な人や、鈍感な人がおり、受容体レベルでの個人差が原因であると言われています。
「おいしい/おいしくない」はどうやって決まる?
味覚は単体で感じるものではなく、異なる味覚の組み合わせによる相乗効果や、いずれかの味が弱まったり強まったりする抑制効果/対比効果もあるなど相互作用があります。
また、食べ物の味わいは、味覚だけではなく、鼻から感じる香りや、目で見た色彩、サクサク、ふわふわ、パリパリ、といった耳からの音や食感として得られる触覚など他の感覚にも大きな影響をうけます。
さらに、味覚やその他の感覚以外に、それまでに重ねてきた食経験にも大きく左右されます。たとえば、出身地域や家庭の味つけ、親の嗜好などが、味の好みに影響していることを自身の経験から感じている人も多いのではないでしょうか。
「おいしい/おいしくない」はそういったさまざまな要因により、最終的に脳が判断することで個人差があるものなのです。
味覚と健康はつながっている、さらに文化的な側面も
味覚は単に味の好みや楽しみのためにあるわけではなく、健康や生命維持のためにも重要なものです。
たとえば、甘味は本能的に必要としている糖分を得られることを、旨味はカラダを作るために必要なアミノ酸などがその食品に含まれていることを知らせるなど、基本的な健康維持に関わっています。
ただし、食事が豊富な現代にあっては、おいしいと感じるものだけを食べると偏食になってしまい、栄養バランスが崩れるおそれがあります。
また、酸味は腐敗の、苦味は有毒な物質の危険信号として認識され、小さな子どものうちはこれらを不快な味として感じ、吐き出すことで身を守ろうとします。
一方、酸味や苦味を感じる食品が必ずしも危険ではない現代では、大人になるにつれ、「この味は安全」と学習を繰り返し平気で食べられるようになったり、むしろ苦味が強いコーヒーやビール、お茶などの嗜好品を好んで摂取するようになったりした経験は、多くの方がお持ちではないでしょうか。
こういった酸味や苦味の受容には歴史的、文化的な側面もあると考えられます。
もし味覚に異変を感じたら・・・
味覚を感じられなくなる原因としてよく知られているのが、『亜鉛不足』です。
味蕾は味細胞と呼ばれる細胞の集まりで、約10日で次々と新しい細胞と入れ替わっていますが、偏った食生活などで亜鉛が不足すると味蕾の新陳代謝が十分に行われなくなるため、味蕾が減り、味覚に異常があらわれます。
亜鉛不足を予防
バランスの良い食生活を送りましょう。牡蠣、ごま、海藻、大豆、ブロッコリーなどに多く亜鉛が含まれています。ビタミンCやクエン酸、たんぱく質は吸収効率を高めます。一方、加工食品に含まれるリン酸塩などは亜鉛の吸収を阻害します。また、アルコールの摂取で亜鉛の排泄量が増加するので注意が必要です。
亜鉛不足の他には
糖尿病や貧血、ストレスなどさまざまな疾患の影響により味覚障害が生じることも知られています。降圧薬や精神疾患薬、鎮痛・解熱薬、抗アレルギー薬、消化性潰瘍治療薬など薬の副作用や、頸部から頭部にかけてのがんで放射線治療の影響、神経障害などでも味覚障害が起きます。風邪などの鼻づまりによる嗅覚の低下で味覚が低下したり、ドライマウス(口の中の乾燥)や加齢によっても味を感じる機能が低下したりします。
最近は新型コロナウイルス感染症の影響で味覚・嗅覚に障害が出たという報告もありました。
もし味覚に異変を感じたら、可能性のある原因によって異なりますが、まずは耳鼻咽喉科で相談するのがよいでしょう。
味覚障害だけではなく!?
嗅覚障害で味を感じにくくなっている場合もあるかもしれません。
ただし、頭部外傷や脳神経障害によるものであれば脳神経外科、糖尿病があれば内分泌内科になります。
膠原病などの場合もありますので、内科でもよいかもしれません。
味覚について意識することは、健康にもつながる
年を重ねるにつれて味覚の変化を感じているという人も少なくないのではないでしょうか。
加齢により味蕾が衰えるなどして味覚を感じにくくなると、いつの間にか濃い味を求めるようになり、塩分や糖分の摂取量が増えるなどして、さまざまな病気につながることが考えられます。
反対に、、、、
昔は濃い味つけの食べ物が好きだった人も、年をとるにつれてあっさりしたものを好むようになる場合があります。
これは、唾液が減ることででんぷんを分解する酵素の働きが低下したり、入れ歯のために噛むことが苦手になったりして消化能力が衰え、胃に負担の少ない食べ物を好むようになるからと言われています。
また、エネルギー代謝が衰えて汗をあまりかかなくなるため、若い頃に比べて塩分の必要量も減ります。
このように体質や体調によって味の感じ方も変わってきます。健康を意識するには、早めに塩分控えめの味に慣れるのも大事かと思います。
普段「味覚」を意識していない人でも、あらためて味覚について考えることは、健康管理にも役立ちます。