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japan-eat’s blog

食に関する事や飲食店の運営に関する内容を記載してます。

ウナギという生物の知られざる素顔と生態

日本の食文化に欠かせない魚、ウナギ。日常生活の中でも、店頭などで普通に売られているのを目にしますが、実はこのウナギが今、深刻な危機にさらされようとしています。ウナギがどこで生まれ、どのように育ち、いつ、どこで、どのように獲られたのか。また、蒲焼などの形に姿を変え、どうやって消費者の食卓まで届けられるのか。知られざる素顔と、生態に多くの謎を秘めた、そしてなじみ深い水産物でもある「ウナギ」について。

 

分類と分布域

ウナギは、ウナギ目ウナギ科ウナギ属に属する魚です。
他の魚類と異なる最大の特徴は、河川や湖で成長し、海に降って産卵する習性をもつ種がいることです。
サケやアユのように川で産卵し、海で育つ魚は比較的多く知られていますが、海で産卵し、川で育つ魚は、ウナギを含め種が非常に限られています。

ウナギ属の魚は、世界に現在19種が知られています。
その多くが分布しているのは、熱帯の太平洋とインド洋。そして、その沿岸に位置するアフリカや東南アジアなどの川や湖です。

例外は、ニホンウナギ、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギなど、温帯を中心に生息している種。このうち、大西洋で産卵する、ヨーロッパウナギとアメリカウナギは、亜熱帯から寒帯にかけての川や湖沼で過ごします。

ニホンウナギも日本列島をはじめとする東アジアの温帯の河川などに分布し、産卵期が近づくと、海へ降って熱帯の深海で産卵します。
国際的に広く流通し、世界中で広く食べられているウナギのほとんどは、この温帯を中心に生息している3種のウナギです。

 

 

ウナギの一生

ウナギは、主に川や湖などの淡水域で成長し、海で産卵する、「降河回遊魚(こうかかいゆうぎょ)」と呼ばれる魚です。
ウナギは数年間にわたり、川や湖で過ごした後、産卵場所となる海をめざします。
この産卵場所の海は、種によって大きく異なります。
ニホンウナギのように、日本の川からフィリピン近海の海まで移動し、産卵する種もあれば、熱帯に分布するビカーラウナギのように、生息地の川の河口に比較的近い海域で産卵すると考えられている種もあります。

ただし、いずれの場合も、海で生まれ、ある程度の大きさまで育ち、それから河川などに入り込んで数年間を過ごす、というライフサイクルは共通しています。

また、ある程度成長してからは、エビやカニ、貝、昆虫などの小動物や、大きな動物の死肉まで貪欲に食べる、幅広い食性を備えた肉食魚であることも、ウナギ属の特徴です。

 

ふ化と幼生、稚魚の時期

ウナギの卵の大きさは、おおよそ1.6mmほど。産卵して数時間後には、ふ化が始まります。
海で卵からかえったウナギは、まず「レプトセファルス」と呼ばれる1~6cmの柳の葉のような形をした透明な幼生になります。

このレプトセファルスは自力で泳ぐことができず、海の中を一定期間、浮遊しながら育ちます。その後、川の河口の近くに到達すると、シラスウナギと呼ばれる稚魚に変態をはじめ、川の河口の近くに到達します。

細長い円筒形をしたシラスウナギは、大きさ約5~6cm、重さは約0.2gほどしかありません。
それでも自力で泳ぐ力は持っており、川を遡上する段階になると、深い場所から海面近くに浮上してきます。

こうした河口付近の浅い場所は、天敵に狙われやすい環境でもあります。そのため、ニホンウナギのように暗い新月の夜しか、シラスウナギが浮上してこないウナギ類もいるといわれています。

 

川での暮らしのはじまり

シラスウナギは川を遡り始める時、潮の流れを利用します。
大きな川では、満潮時に河口から時に十数キロの下流域まで、海の潮が入ります。まだ小さく、泳ぐ力も弱いウナギの稚魚は、この潮の流れに乗って一気に川を遡るのです。

この遡上が始まると、白っぽい透明だったシラスウナギの体色は、黒っぽく変色し、「クロコ」と呼ばれる成長段階になります。
これは、海よりも浅くなった川の中で、鳥や大型の魚などの天敵に見つかりにくくなるためと考えられています。

こうして川や湖、池などの淡水域をすみかとしたウナギはその後、背がオリーブ色、腹が黄色がかった白色の「黄ウナギ」となり、この環境下で数年を過ごします。
そして、産卵の時を迎えると、川を下って海に向かい最後の成長段階である「銀ウナギ」となって卵を産み、一生を終えます。

しかしウナギは、時に数千キロを隔てた海と川をめぐる、ダイナミックな一生を送る魚であることから、長い間その生態が謎に包まれてきました。
特に産卵場所についてはわからないことが多く、いまだにどこで卵を産んでいるのか、特定できていないウナギ属の魚も少なくありません。

 

ニホンウナギの産卵場所は?

ウナギは日本人にとってなじみの深い身近な魚ですが、日本の川に生息するウナギ属の魚は、ニホンウナギとオオウナギの2種のみです。

他にもタウナギやヤツメウナギと呼ばれる魚もいますが、これらは姿こそ似ているものの、ウナギ属の魚とは大きく分類の異なった別の魚になります。

日本のウナギ属2種のうち、本州以南に広く分布するニホンウナギは、江戸時代以前から食材とされ、落語や昔話、時代劇などにもしばしば登場してきました。

しかし、親しみ深い魚とされてきた一方で、その自然での生態は長く謎とされてきました。

特に、その産卵場所が判明したのは、20世紀の終わり、1991年のこと。さらに詳しいその場所が、東京大学海洋研究所により特定されたのは、2005年のことです。
この発表は、画期的な科学的発見として、世界的な話題になりました。

その産卵場所とは、実に日本の沿岸から約2,500kmの海を隔てた、西マリアナ海嶺付近だと考えられています。

 

回遊ルート 長い旅の始まり

日本人にもなじみのある、グアム島やサイパン島などが名を連ねるマリアナ諸島は、北西太平洋とフィリピン海の境界に位置しています。
ニホンウナギが産卵する西マリアナ海嶺は、そのマリアナ諸島の西方沖、海山のある深海。深さは3,000~4,000mといわれています。

ここで卵からうまれたニホンウナギの仔魚レプトセファルスは、赤道のすぐ北側を西に向かって流れる北赤道海流に乗り、まずフィリピンの北東部近くの海域に移動します。

この北赤道海流は、フィリピンの東方沖で南北に分かれますが、その一方が北上して黒潮となり、もう一方は、南下方向のミンダナオ海流となります。

レプトセファルスはここで、今度は黒潮の流れ乗り、日本や台湾、韓国など東アジアに流されながらやってきます。
そして、シラスウナギに変態しながら、東アジアの沿岸域に近づき、さかのぼるのに適した河川を選び、遡上を開始するのです。

この遡上が始まると、ニホンウナギのシラスウナギは「クロコ」に変態し、さらに川や池、湖などに生息域を確保すると「黄ウナギ」となります。
この黄ウナギが、一般的に日本の河川などで見られる状態のウナギです。

淡水域で過ごす期間は、オスで数年、メスは10年程度と言われており、その後、性的に成熟して産卵可能になると銀ウナギへと変態。
9~11月に川を下り、太平洋に出て故郷である産卵場所でもあるマリアナ諸島西方沖へと向かいます。しかし、日本から離れた後、銀ウナギがどのようなルートで目的地にたどり着くのか、その行動はまだ詳しいことがわかっていません。

 

日本の食材としてのウナギ

生態に多くの謎が残る一方で、ニホンウナギは日本の食卓を彩る食材としても長く利用されてきました。

日本で消費されるウナギの量は、年間で約5万トン(2016年)。
最近は一年を通じて、スーパーマーケットなどでも手軽に買うことができるようになっています。
この消費を支えるウナギの総生産量の99%以上は、実は養殖によるものです。

養殖といっても、ウナギを人工的に飼育して産卵させ、稚魚を育てる「完全養殖」ではありません。
自然下では深海という環境で産卵し、幼生の段階で何を食べているかもよく分かっていないニホンウナギを、卵から育てる養殖の技術は、まだ商業の流通で必要な量を生産できるレベルに達していないのです。

そのため、ニホンウナギの養殖は、海や川で採捕したウナギの稚魚であるシラスウナギを「種苗」として養殖池に「池入れ」し、養殖場で大きく育てる形で行なわれます。

このシラスウナギの採捕は、法律で採捕が許可された期間中の特に新月の夜、川や海岸線で網ですくう方法や、川に仕掛けた小型の定置網を使った方法で行なわれています。川を遡るために、シラスウナギが海面付近までやってきたタイミングを狙った漁獲の方法です。

採捕されたシラスウナギは、まず問屋に集められ、養殖業者に売られ、養殖池に入れられます。
日本養鰻漁業協同組合連合会の統計資料によると、日本では特に、鹿児島県、愛知県、宮崎県、静岡県でウナギの養殖が盛んに行なわれています。

ウナギの養殖のサイクルは、大きく分けて2種類あります。
1つは「単年養殖」といい、11月~翌年1月までに獲れたシラスウナギを池入れし、6か月間ほど育てて、夏の土用の丑の日にむけて出荷するもの。
もう1つは、2~4月に獲れたシラスウナギを池入れし、1~1年半育てる「周年養殖」です。

日本で食用の理想とされるウナギの大きさは150~250gですが、いずれもこの大きさまで育てられた後、出荷されます。
その後、ウナギは、さまざまな流通経路を経て加工され、鰻屋やスーパーなどにやってきます。

しかし、実は日本で食べられているウナギは、日本国内で採捕され養殖されたものだけではありません。
台湾や中国など、海外からも輸入されて日本の養殖池に入れられるものも多くあります。これらはいずれも、養殖場のある日本の地名で販売されています。

またその他、すでに海外で養殖された活ウナギや、ウナギ加工品も、輸入されています。日本の大量のウナギの消費。それは、すでに日本という国を超えて世界に流通の網を広げ、続けられているのです。

この日本での流通、消費が今、国内のウナギに、そして海外の漁業や自然に、大きな影響を及ぼそうとしています。

 

ウナギをめぐる食文化 土用丑の日の風習

日本の食文化にかかせないといわれる食材、ウナギ。その消費が始まったのは、いつの時代だったのでしょうか。

ウナギといえば、「土用の丑の日」

土用とは、昔の暦で定められた、立春、立夏、立秋、立冬の直前、約18日間を示す期間で、特に夏の時期にあたる立秋前の土用がよく知られています。
この夏の土用の期間中に1度もしくは2度、巡ってくる「丑の日」に、日本ではウナギを食べる風習があります。

しかし、ウナギが旬の季節は、秋から冬にかけて。
実は、立秋前などという時期は、天然ウナギが必ずしも美味しいとされる季節ではないのです。


ウナギをこの時期に食べる風習が広がったのは、江戸時代の中~後期にかけての頃とされていますが、はっきりとしたことはわかっていません。
一説には、そのきっかけになったのは、江戸時代の有名な蘭学者の平賀源内が、旬ではない夏の時期に、ウナギを売るため考えたキャッチコピーだった、とも言われています。

いずれにせよ、夏の土用の丑の日は1年で最も暑い時期。
暑さを乗り切るため風習として、うどんや梅干し、瓜など「う」の字のつく食材や、土用餅、土用しじみなどを食べる習慣などもあったといいます。

ウナギもまた、滋養のあるとされてきた食材

中国でも16世紀、明の時代に書かれた医薬書『本草綱目』の中で、疲労やさまざまな病気に効く薬の原料や食材として紹介されています。
『本草綱目』は江戸初期に日本でも翻訳され、刊行されていることから、そうしたウナギについての知見が「土用」の風習とあいまって、庶民の間に広がったのかもしれません。

土用の丑の日にウナギを食べる風習は、現代においても変わっていません。
それどころか、現代ほど多くのウナギを「丑の日」に食べている時代は、過去には無かったかもしれないのです。

 

 

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