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japan-eat’s blog

食に関する事や飲食店の運営に関する内容を記載してます。個人店の現状整理・壁打ち相談 この相談は、 売上を伸ばす方法を教えるものではありません。 集客やSNS、広告の話もしません。 閉店・縮小・継続で迷っている個人店が、 感情ではなく、 数字・状況・体力を整理するための時間です。 一般論ではなく、 「あなたの店の場合」を一緒に言語化します。 ⸻ 対象 ・個人で飲食店を続けている方 ・一人、または少人数で経営している方 ・続けるかどうかを真剣に考え始めている方 ※営業目的・情報収集のみの相談はお受

アメ横とは何か ― 歴史・背景・名前の由来まで詳説

アメ横(アメヤ横丁)は、東京都台東区の上野~御徒町に広がる約500mの商店街で、戦後日本の復興の象徴として生まれた“混沌と活気”の街です。
食料品・衣料品・雑貨・化粧品・輸入食品・宝飾品など、約400店舗が密集し、1日10万人以上が訪れることもある巨大マーケットです。

 

1. アメ横の起源(戦後の闇市からのスタート)

■ 終戦直後(1945年)の状況

第二次世界大戦後、東京は物資不足が深刻で、正規の配給だけでは生活が成り立たない状態でした。
そこで 上野~御徒町の高架下に自然発生したのが「闇市」 です。

・統制品の売買
・軍用品の横流し品
・古着、食料品、たばこ
・進駐軍から流れた物資

こうした品々が、行商や商人により並び、人々は日用品を求めて殺到しました。

アメ横は、現在でも路地が細かく入り組み、店同士が密集しているのは、この闇市の名残です。

 

2. アメ横の正式な成立(1946〜)

■ 2-1. 組合の誕生

闇市を整理し、治安を安定させるために、商店の有志が集まり
「アメ横商店街連合会(後のアメ横商店街振興組合)」 を発足。

昭和20年代には、食料品・衣料品・菓子・雑貨店などが増え、日本最大級のマーケットへ 発展していきました。

■ 2-2. 高度経済成長期

昭和30〜40年代になると、一般家庭向けの生活雑貨・衣類などが増加。
安くて種類が豊富な「庶民の買い物の街」として全国的に知られるようになります。

 

3. アメ横という名前の由来

アメ横の名称は、実は 2つの説 が存在し、どちらも根強く語られています。

 

<由来①:アメ(飴)=飴屋が多かった説>

終戦直後、甘いものが貴重だった時代、
闇市には 飴・駄菓子を扱う「飴屋(あめや)」が非常に多かった と言われています。

上野にはもともと「飴屋横丁」という名称が古くからあり、戦前の地図にも記録があります。
これが戦後も残り、 アメヤ横丁 → アメ横 と呼ばれるようになったという説。

 

<由来②:アメリカ軍(アメ)=アメリカ物資が多かった説>

戦後の混乱期には、進駐軍(アメリカ軍)から流れた物資 が大量に流入しました。

・チョコレート
・ガム
・タバコ
・衣類
・軍物のジャケットやブーツ
・PX(軍の購買部)品
・輸入香水・化粧品

こうした“アメリカ系の商品”を扱う店が非常に多かったため、
人々は 「アメリカ物(アメ物)横丁 → アメ横」 と呼ぶようになったという説です。

 

どちらの説も事実に基づく“複合由来”とされる

研究者・地域史の資料などを見ると、
アメ横の名前は 【飴屋】+【アメリカ物資】の二重の歴史が重なった結果 と考えるのがもっとも妥当です。

 

4. 昭和〜平成〜令和の変化

■ 4-1. 物価の安さで全国的に有名に

昭和後期には「アメ横は値切れる街」としてテレビでたびたび紹介。
年末の“マグロ叩き売り”は今でも風物詩です。

■ 4-2. 1990年代〜2000年代

バブル期以降には衣料雑貨・革製品の専門店も増加。
外国人観光客が増え、国際色が一気に濃くなりました。

■ 4-3. 近年(2020年代)

・アジア系の飲食店の増加
・韓国食品店、輸入食品店の台頭
・スパイス・ハラール系食品の人気
・海鮮立ち食い、串焼きなど“食べ歩き”文化が発展

とくにインバウンド(訪日観光客)の増加により、毎日が“多国籍市場”のような雰囲気になっています。

 

5. アメ横が人気の理由

✔ **とにかく安い

✔ 多国籍で“東京じゃない東京”の空気
✔ 飲食・買い物・観光が1本の通りで完結
✔ 都心アクセスの良さ(上野駅・御徒町駅からすぐ)
✔ 400店以上の圧倒的な密度**

特に年末は、マグロ、カニ、練り物などの叩き売りで大混雑し、関東の冬の名物になっています。

 

まとめ

アメ横とは、戦後の闇市を起点とし、飴屋(アメヤ)とアメリカ物資(アメ物)から名前がついた商店街。
昭和の混沌とエネルギーをそのまま残し、現在も多国籍・雑多で活気ある巨大市場として“東京の台所”の一つとなっている。

昔の名残と現代が混じり合う独特の街であり、
「安い・活気がすごい・何でもある」
この3つが今なお愛される理由です。

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