企業の収益を図る指針のひとつに、売上高に対する人件費の割合を表す「売上高人件費率」があります。売上高人件費率が高い企業は、人件費が売上を圧迫していることを示しており、営業利益率の低下を招く大きな要因となります。
売上高人件費率を下げるためには、売上高アップを狙うと共に、人件費を削減する必要があります。しかし、人件費削減にはメリットと同時にデメリットもありますので、取り組みを始める際は注意が必要です。

- 1.「人件費削減=経営改善」と思い込む危険性
- 2.「売上が下がる→人件費削減→サービス低下→さらに売上が下がる」の悪循環
- 3.「人件費はコストではなく、未来を生む投資」という視点
- 4.人件費削減を考える前に見るべき3つのポイント
- 5.「売上を上げるための人件費」という発想に転換する
- 6.心理的影響と組織崩壊のリスク
- 7.人件費を「削る」のではなく「整える」
- 8.数字で見る「人件費削減後の危険な兆候」
- 9.まとめ:「人件費削減は“結果”であって、“目的”ではない」
- 10.最後に:コンサルタントとして伝えたい言葉
1.「人件費削減=経営改善」と思い込む危険性

飲食店をはじめとした中小店舗経営において、売上が低迷したとき最も多い対応が「人件費削減」です。
たしかに、経営の三大コスト(人件費・食材費・家賃)の中で、人件費は調整しやすく、即効性もあるように見えます。
しかし、コンサルタントの立場から見ると、「人件費を削ること=経営改善」ではありません。むしろ、多くの場合は売上低下を加速させる悪手になることが多いのです。
なぜなら、人件費は単なる「コスト」ではなく、「サービスの質」や「顧客体験の価値」を支える投資的経費でもあるからです。
売上が落ちている時に人件費を削るということは、言い換えれば「お客様に提供する価値の質」を自ら下げることと同義です。短期的に数字は軽くなっても、顧客満足・リピート・口コミという中長期の売上源を失う可能性が非常に高いのです。
2.「売上が下がる→人件費削減→サービス低下→さらに売上が下がる」の悪循環

この悪循環は非常に典型的です。
- 売上が下がる
- 経営者が危機感を覚える
- コストを見直す(まず人件費に手をつける)
- シフトを減らす・人を減らす・教育コストを削る
- 店の回転が悪くなる・サービスが雑になる・雰囲気が悪化する
- お客様が減る
- 売上がさらに下がる
このサイクルに一度入ってしまうと、現場のモチベーションも著しく低下し、離職が発生します。結果として人材が育たず、店舗の「価値」が崩壊していきます。
多くの経営者がこの状態を「運が悪かった」「コロナのせいだ」「景気が悪い」と外的要因に求めますが、根本原因は自店の価値提供力を自ら削ったことにあります。
3.「人件費はコストではなく、未来を生む投資」という視点

経営の数字を見れば、人件費比率が30〜40%を超えると危険サインといわれます。
しかし、これはあくまで「理論上の目安」であって、すべての店舗に当てはまるわけではありません。
もしもあなたの店が「顧客満足度が高く」「リピート率が高く」「従業員の定着率も高い」のであれば、多少人件費が高くても問題ではありません。
むしろ、その人件費が店のブランド価値を支えているのです。
たとえば、都内で人気の小規模イタリアンを例にしましょう。
人件費率は45%を超えますが、スタッフ教育と接客スキルが非常に高く、顧客単価は平均7000円。
結果的に、粗利ベースでは近隣のチェーン店よりも高い数字を維持しています。
つまり、人件費は「削るもの」ではなく、「どう活かすか」「どう生産性を上げるか」を考えるべき領域なのです。
4.人件費削減を考える前に見るべき3つのポイント

(1)「人件費率」ではなく「人時生産性」を見る
人件費率は売上に対しての比率であり、売上が下がれば自動的に比率は上がります。
この数字だけを見て削減するのは危険です。
代わりに見るべきは、**人時売上高(=1時間あたり1人が生み出す売上)**です。
たとえば、
- A店:人件費率35%、人時売上3000円
- B店:人件費率45%、人時売上5000円
この場合、B店の方が人件費率は高くても、生産性は高く優良店舗です。
単に「比率」ではなく、「人がどれだけ売上を生み出しているか」という視点が重要です。
(2)シフト削減より「動線・オペレーションの見直し」
現場に無駄な動きや時間が多いと、スタッフのパフォーマンスが下がり、結果的に「人が足りない」と感じやすくなります。
動線・仕込み・発注・洗い場・提供動作などを見直すことで、同じ人数でも回せる効率的な仕組みをつくることができます。
削る前に「整える」。これがコンサルタント視点で最も大切な順序です。
(3)教育コストを削らない
人件費削減の際、まずカットされるのが「研修・教育」です。
しかし、教育を削るとスタッフのミスが増え、顧客クレームやロスが増加。結果としてコストは上がります。
教育こそ、長期的な「人件費削減=生産性向上」につながる最良の投資です。
5.「売上を上げるための人件費」という発想に転換する

売上が下がったときほど、経営者は「守り」に入りがちです。
しかし、コンサルタントの立場から見ると、売上が下がった時こそ「攻めの人件費投資」が必要な局面もあります。
たとえば、
- ディナータイムの接客スタッフを1名増やすことで、顧客満足度を上げ、リピート率を伸ばす
- SNS・販促担当を1名入れて、情報発信の頻度と質を上げる
- 料理補助を入れて、メインシェフの創作時間を確保する
このように、「人を削る」ではなく「人を戦略的に配置する」ことで、売上を立て直す事例は数多く存在します。
つまり、人件費は“売上のために使う経費”であり、“売上が減ったから削る経費”ではないという発想転換が必要です。
6.心理的影響と組織崩壊のリスク

人件費削減の最も大きな副作用は、「現場のモチベーションの崩壊」です。
スタッフは数字ではなく、空気で変化を感じ取ります。
「人が減る」「残業カット」「時給ダウン」などの措置が続くと、店全体に“閉塞感”が広がります。
やる気のあるスタッフほど、「この店、もう危ないな」と察して離職します。
結果的に残るのは“ただいるだけの人”。これが店舗の衰退を加速させます。
経営の数字は「人の気持ち」の集合体です。
数字を動かしたければ、まず人の気持ちを動かすことが先決です。
7.人件費を「削る」のではなく「整える」

人件費削減を避けるべきだと言いましたが、闇雲に人を増やせという話でもありません。
重要なのは、適正配置と仕組み化です。
- ピーク時とアイドルタイムの人員バランス
- 業務ごとの担当明確化(誰でもできる仕事を分担制に)
- スキルに応じた賃金体系(やる気が出る給与設計)
「誰が」「いつ」「何を」「どのくらい」行うかを可視化し、正しく整えることで、人件費のムダは自然に減ります。
コンサルタントとして最も成果が出やすいのは、「人件費削減」ではなく、「人件費の最適化」です。
8.数字で見る「人件費削減後の危険な兆候」

実際にコンサル現場で見られる“悪化サイン”には共通点があります。
| 指標 | 1ヶ月後 | 3ヶ月後 | 6ヶ月後 |
|---|---|---|---|
| 顧客満足度 | ▲5〜10% | ▲15% | ▲20% |
| リピート率 | ▲3% | ▲10% | ▲15% |
| 離職率 | +5% | +15% | +25% |
| 平均客単価 | ±0 | ▲5% | ▲10% |
| 売上 | 一時的に改善 | 横ばい | 再度下降 |
このように、人件費削減の効果は一時的であり、半年後には逆転することが多いです。
店舗の「元気」を削る経営は、長くは続きません。
9.まとめ:「人件費削減は“結果”であって、“目的”ではない」

売上が下がったときに、真っ先に「人件費削減」を考える経営は危険です。
それは経営を「数字」だけで見ている証拠です。
本来、経営とは「人を動かし、数字を変える」営みです。
スタッフのモチベーション・教育・配置・評価を整えることで、数字は後からついてきます。
「売上が低いから削る」ではなく、
「売上を上げるために、どう人を活かすか」。
その発想の転換こそ、経営再生の第一歩なのです。
10.最後に:コンサルタントとして伝えたい言葉

人件費を削る判断を下すとき、経営者の心はいつも苦しいものです。
しかし、勇気を持って「人を信じる経営」に舵を切った店舗こそが、長く繁栄しています。
人が辞めていく店は、いつも「数字」を信じ、人が育つ店は「人」を信じています。
経営とは、「信じる方向をどこに向けるか」で決まります。
数字を見ながら人を見る——。
それが本当の“コンサルタント視点”です。
