現代の行政・法制度において、「原則違法だが、運用によっては適法とされる」という考え方は、しばしば実務的な判断の中で登場します。これは、法律の条文そのものが「絶対的な基準」であることを前提としつつも、その運用にあたっては、一定の裁量や例外、または社会的背景を考慮した「柔軟な解釈」が認められる場合があるという現象を意味します。
たとえば、行政法における「黙示の許可」や「実質的な違法性の欠如」、また刑法における「違法性阻却事由」などがその代表です。この原理は「法の硬直性」と「社会の多様性」の間でバランスを取るために用いられる法技術的な手段ともいえるでしょう。

- 1. 行政運用の観点:本来違法だが、運用上黙認されているケース
- 2. 刑法における「違法性阻却事由」
- 3. 判例にみる「運用による適法化」
- 4. 労働法や社会保障における「形式的違反と実質的適法」
- 5. 「運用によって適法になる」ことのリスクと限界
- 法の原則と運用のバランスが問われる
1. 行政運用の観点:本来違法だが、運用上黙認されているケース

行政の現場では、法律上は違法とされる行為であっても、それが行政指導や慣例により「現場レベルでは容認されている」ケースがあります。たとえば以下のような場面が挙げられます。
● 建築基準法違反の軽微な構造物
建築基準法では、一定の建築物や増改築に対して建築確認が必要とされています。しかし、例えば地方の田舎で無届けの物置小屋を建てた場合、厳密には違法であっても、周辺住民とのトラブルがなければ行政が「指導」程度で済ませる場合もあります。
● 飲食店における許可外営業
たとえば営業許可を受けていないスペースで一時的なイベント営業を行った場合も、原則違法です。しかし、地域の活性化イベントや商店街の協力企画などであれば、保健所などが柔軟な対応を取ることもあります。
このような場合、あくまで行政裁量による「黙認」に近く、適法性が完全に認定されたわけではありませんが、現実的な運用としては許容されているという状態です。
2. 刑法における「違法性阻却事由」

刑法では、形式的に構成要件(犯罪の要件)に該当する行為であっても、「違法性が阻却される」場合が存在します。代表的な例が以下のようなものです。
● 正当防衛(刑法第36条)
他人から急迫不正の侵害を受けた場合、それを排除するためにやむを得ず行った行為は「原則違法」ではあるが、「正当防衛」として適法とされます。
● 緊急避難(刑法第37条)
自己または他人の生命や財産を守るため、やむを得ず法益を侵害した場合にも、その行為は適法とされる可能性があります。
これらは、「行為の外形」だけを見れば犯罪行為といえるものの、背景事情や行為者の意図、緊急性などによっては、社会的相当性が認められて違法性がないものとされるのです。
3. 判例にみる「運用による適法化」

実際の判例でも、違法の疑いがある行為に対して「運用により適法と認めた」ものがあります。
● 「日照権」訴訟とマンション建設
法律に基づいて建築許可を得ていても、近隣住民の日照権を侵害する場合には「違法」とされる可能性があります。しかし、建設側が十分な説明・合意・補償を行っていた場合、裁判所は「社会的相当性」を考慮して違法とはしない場合もあります。
● 表現の自由と警察の規制
例えばデモ行進が無届で行われた場合、原則は道路交通法違反などで処罰の対象です。しかし、警察が秩序を守る前提で現場の状況に応じて静かに行進を見守ることもあります。裁判ではこのような行政の柔軟な対応を評価し、全体として「違法性なし」と判断することもあります。
4. 労働法や社会保障における「形式的違反と実質的適法」

労働関係の現場でもこのような例があります。
● 労働時間の記録方法
法定の労働時間管理ではタイムカードやシステムを使って記録するのが原則ですが、小規模企業では手書きで自己申告というケースもあります。本来は問題のある方法でも、社員の同意と実態の正確性が確保されていれば、行政指導で是正勧告にとどまり、重大な違法とされない場合もあります。
● 社会保険未加入問題
加入義務があるにもかかわらず未加入の事業所は、形式的には違法です。しかし、後日加入手続きを取り、過去分の保険料を納めることで「是正済」として行政の対応が柔らかくなることがあります。
5. 「運用によって適法になる」ことのリスクと限界

一方で、このような法運用の柔軟性には大きなリスクも伴います。特に以下のような点が指摘されます。
● 恣意的な運用の恐れ
「ケースバイケース」であるがゆえに、同様の行為でも処分が異なる可能性があり、公平性を欠くリスクがあります。
● 違法状態の温存
黙認や緩い指導だけで済ませてしまうと、本来是正されるべき違法行為が「慣例」として定着してしまう危険もあります。
● 不透明な基準
明文化されたルールに従わない運用は、行政不服申し立てや裁判において「不当」とされる場合があります。
法の原則と運用のバランスが問われる

「原則違法だが、運用により適法とされることもある」という考え方は、現代社会の複雑さに対応するために必要な柔軟性でもあります。しかしそれは「例外的処理」にとどめるべきものであり、恒常化させてはならないものです。
このテーマを理解するには、「法は社会の秩序を守るための手段であると同時に、人間らしい判断を許容する余地を残す」という視点が重要です。法律に従うことの大切さを前提にしつつも、現場では「正義」「公平」「人道」といった要素を加味した判断が求められるのです。
