残業代を正しく支払っていない場合、従業員との間で未払残業代請求などの労使トラブルになるだけでなく、労働基準法違反して労働基準監督署から是正勧告を受けたり、刑事事件として立件されて罰則を受けたりする可能性があります。
そして、残業代を正確に計算して正しく支払うためには、労働時間や休日についての労働基準法による規定について理解する必要があります。また、固定残業代制度や裁量労働制、年俸制などの制度を採用する場合は、それぞれ残業代を支給する必要の有無や、どのように支給するかについて正しく理解しておく必要があります。
残業代とは?
残業代とは、所定労働時間(就業規則等で定められた就業時間。いわゆる「定時」をいいます)を超えた労働に対して支払う賃金のことです。残業代には、法内残業に対する賃金と時間外労働の割増賃金、休日労働の割増賃金・深夜労働の割増賃金があり、これらを全てあわせて一般に残業代と呼ばれます。
残業と残業代の意味
会社は、労働基準法で定められた上限を超えない範囲で、就業規則や雇用契約書などによって従業員の労働時間を定めることができます。
就業規則や雇用契約書などによって定めた労働時間のことを「所定労働時間」といいます。
この「所定労働時間」は「定時」とも呼ばれることがあります。そして、この所定労働時間を超えた労働のことを「残業」といい、それに対して支払う賃金のことを「残業代」といいます。
この「残業」には、法内残業と時間外労働(法定外残業)があります。
また、休日や深夜に残業が行われる場合もあります。これらに対して支払われる賃金すべてを「残業代」と言うことが多いですが、残業の種類によって計算方法や労働基準法上の扱いが異なります。以下でそれぞれの違いをみていきましょう。
法内残業と時間外労働の割増賃金
労働基準法では、労働時間の上限を1日8時間・週40時間と定めています(労働基準法32条)。これを「法定労働時間」といい、この法定労働時間を超える労働のことを「時間外労働」といいます。「時間外労働」に対しては割増賃金を支払うことが法律上義務付けられています。
一方、法定労働時間の範囲内ではあるものの会社の所定労働時間を超えた労働のことを「法内残業」といいます。 「法内残業」に対しても、就業規則等に特段の規定がない限り、賃金を支払う必要があります。大星ビル管理事件という有名な事件の最高裁判決でこの点が判示されています。
例えば、
1日7時間×週5日が所定労働時間の場合、残業を1時間しても法定労働時間内なのでこの部分は法内残業です(下の図の緑の部分)。残業が1時間を超えた部分のみが時間外労働になります(下の図の赤の部分)。
休日の労働
会社の休日には、労働基準法35条によって定められた「法定休日」と、会社が独自に定める「所定休日」とがあります。従業員を法定休日に労働させた場合、「休日労働」となり、割増賃金を支払う必要があります。
従業員を所定休日に労働させた場合は
「休日労働」にはならないので割増賃金を支払う必要はありません。ただし、所定休日に労働させた結果、週の労働時間が40時間(法定労働時間)を超えることがあります。
その場合、超えた部分は「時間外労働」となり、時間外労働の割増賃金を支払う必要があります。また、所定休日の労働のうち、週の労働時間が40時間を超えない部分については法内残業となり、通常は、法内残業に対する賃金を支払う必要があります。
深夜労働
残業が深夜(22時から翌5時までの間)に及んだ場合、この時間帯の労働については「深夜労働」の割増賃金を支払う必要があります。
② 前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
③ 使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
④ 使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
⑤ 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
法内残業
法内残業については、労働基準法による割増賃金の支払い義務はありません。就業規則等に特段の規定がない限り、法内残業については以下の計算式のように残業した時間分の賃金を支払うことになります(昭和23年11月4日基発1592号)。
「通常の労働時間についての1時間あたりの賃金額 × 法内残業時間数 = 法内残業代」
この「通常の労働時間についての1時間あたりの賃金」は、一般的には、割増賃金の算定のもととなる1時間あたりの賃金額とすることが多くなっていますが、法律上の明確な規定はありません。明確なルールが無いと給与計算の際に困りますので、計算方法を就業規則や賃金規程に定めておくことが適切です。
賃金の計算については就業規則に必ず定める必要がある絶対的必要記載事項とされています。
時間外労働・休日労働・深夜労働
時間外労働・休日労働・深夜労働については、割増賃金の支払いが労働基準法により義務付けられています。
割増賃金の計算式は以下のとおりです。
●時間外労働の場合
1時間あたりの賃金額 × 時間外労働の時間数 × 割増率 = 割増賃金
●休日労働の場合
1時間あたりの賃金額 × 休日労働の時間数 × 割増率 = 割増賃金
●深夜労働の場合
1時間あたりの賃金額 × 深夜労働の時間数 × 割増率 = 割増賃金
時間外労働の算定の基礎となる「1時間あたりの賃金額」は、労働基準法や労働基準法施行規則で具体的な計算方法が定められており、月給制の場合は以下の通りです。
1時間あたりの賃金額 =(1か月分の通常の労働時間の賃金-除外賃金) ÷ 1か月の所定労働時間数
また、割増率は、労働基準法37条1項、4項で以下のとおり規定されています。
- 時間外労働(1日8時間・週40時間の法定労働時間を超えた労働)→ 25%以上
- 時間外労働が月60時間を超えたときの超えた部分 → 50%以上
- 法定休日の労働 → 35%以上
- 深夜(22時から翌5時までの間)の労働 → 25%以上
固定残業代(みなし残業代)とは?
「固定残業代」とは、毎月の残業時間にかかわらず、定額の残業代を支払う制度をいいます。残業代の見込み額を固定額で支給する制度ですが、実際の残業時間に応じて計算した残業代が固定残業代の額を超えた場合は、その超過額も支払う必要があります。「みなし残業代」、「定額残業代」などということもあります。
固定残業代制やみなし残業代制を導入することで、毎月の給与計算の管理がしやすくなる、求人広告を出す際などに給与が高いことをアピールできる等のメリットがあります。
一方で、固定残業代やみなし残業代を導入する際に制度設計が正しくできていないと、従業員から未払い残業代の請求を受けて訴訟になったときに、裁判所から固定残業代部分を残業代の支払いを認めてもらえないことがあるというデメリットもあります。そのため、固定残業代やみなし残業代の制度を検討する際は、必ず事前に弁護士に相談したうえで導入してください。
みなし労働時間が所定労働時間を超える場合
法定労働時間を超えるみなし労働時間を設定することもできます。ただし、法定労働時間を超えるみなし労働時間を設定した場合、超過分について残業代を支払う必要があります。
たとえば、1日の所定労働時間が8時間の従業員について、みなし労働時間を9時間と設定した場合、1時間は法定労働時間を超える「時間外労働」となります。そのため、時間外労働の割増賃金を支払わなければなりません。
深夜労働をさせた場合
裁量労働制でも、22時から翌5時までの時間帯の労働は「深夜労働」として扱われます。そのため、深夜労働に対する割増賃金の支払いが必要です。
たとえば、1日のみなし労働時間を8時間と設定している場合に、裁量労働制の従業員が13時から23時まで働いたとき、労働時間は8時間とみなされますが、22時から23時までの労働は「深夜労働」になるため、1時間分の深夜割増賃金を支払わなければなりません。
休日に労働させた場合
通常は、裁量労働制によりみなし労働時間働いたものとみなされるのは所定労働日のみです。そのため、休日の賃金については、別に考える必要があります。
まず、裁量労働制の従業員が法定休日に働いた場合、その時間分の「休日労働」に対する割増賃金の支払いが必要になります。一方、法定休日ではなく、会社が独自に定めた所定休日に労働した場合は、週の労働時間が40時間(法定労働時間)を超えた部分が「時間外労働」となり、時間外労働の割増賃金を支払う必要があります。また、週の労働時間が40時間を超えない部分については法内残業となり、就業規則等に特段の規定がない限り、法内残業に対する賃金を支払う必要があります。